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【宮原神社の御由緒】
宮原神社は、旧名宮原八幡宮と称し816年に宇佐八幡宮から勧請され、譽田別尊(応神天皇)・氣長足姫尊(神功皇后)・比賣大神(多紀理姫命・多岐都姫命・市杵島姫命)をお祀りしています。また別宮の水主名神(御祭神 天照御魂・大國魂命)、摂社の若宮八幡(仁徳天皇)・飛鳥神社・稲荷神社・熊野十二所神社・髙良神社をお祀りしています。別宮の水主神社は八幡宮が鎮座する以前よりあったとされ、紀伊國神名帳在田郡にある水主名神にも比定されています古来より、「文徳照臨の尊神として武運監護の霊祠なり」と言われ、国家鎮護、学問、厄除け、必勝、安産の神様として信仰されてきました。特に室町時代には紀伊守護大名・畠山氏や江戸時代には紀州徳川家の信仰が厚く熊野詣での折には参拝されたと伝わっています。

明治二十八年に宮原神社と改め、同四十三年に宮原町内の末社・二十社が合祀されています。

御本殿 八幡宮
【御祭神】 八幡大神【応神天皇】・比売大神(多紀理姫命、多岐津姫命、
市杵島姫命)・気長足姫尊
御神徳 国家安寧・産業発展
家運隆昌、子孫繁栄・安産
交通安全・渡航安全・航海安全
学問成就
必勝祈願
 別宮 水主神社   
【御祭神】 天照御魂・大國魂命
末社 太刀宮、妙見神社、春日神社、里神社、大歳神社、天神社、 気鎮神社

祭り

【宵宮】日時:10月第2土曜日
【例祭】   10月第2日曜日

  • 宵宮
    各地区(道、東、滝、滝川原、新町地区)の氏子青年団がそれぞれの山車を引き町内を練り歩きます。夜中まで笛や太鼓の音色が町中に響き渡ります。
  • 例祭
    早朝5時に始まります。浄暗の静けさの中、厳かに本神輿に神様の御霊を移す儀式が執り行われ、10時より本殿にて例祭が執り行われます。神饌(お供え物)を神殿に供え、宮司が五穀豊穣の感謝と国家・地域の安寧を祈願した祝詞が奏上れます。また、地域の中より選ばれた小学生の巫女が舞を奉納します。
  • お渡り(神輿渡御)
    午後1時頃から、オニ・ワニを先頭に神輿行列が町内の熊野古道を通り有田川にある御旅所へと向かいます。

    道の辻では、町内を祓い清める獅子舞・立知舞が行われます。

  • 宮原町内の小学生による神輿や氏子青年団による獅子舞、各地区から山車が奉納され、町内を練り歩き、有田川にあるお旅所まで2時間30分かけ練り歩きます。
  • 各地区の山車は毎年作り変えられ、山・川からススキや竹など様々な自然の素材を使い、動物や人形などが製作されます。
宮原神社の『獅子舞』はいつの時代から始まったのか定かではありませんが、江戸時代の頃に使用されていたと思われる獅子頭と面が保存されています(年代不詳)。オニとワニ、獅子が古風な所作で行われる伝統的な舞で、
『立知の舞』・『寝の舞(獅子が寝床を襲い怒らせる場面)』・『舞(獅子を退治する場面)』の3つの舞で構成さています。オニとは鼻高の天狗のような格好をしています。『猿田彦大神』かどうかは不明です。また、ワニとは鼻が短くキバがあります。 獅子の中に3~4人入ることから『むかで獅子』とも呼ばれています。 また、笛、太鼓の神楽は無く、かすかな所作と鈴の音色が厳かで清浄な空気を感じさせます。 この舞は秋(10月)の例祭(秋祭り)に境内で奉納されます。舞い手は宮原地区の青年団によっておこなわれ、5つの各地区より、交代制になっています。また舞いの形は口伝によって氏子青年団代々受け継がれます。特に3つのオニ・ワニ・獅子の面をかぶり舞うスタイルは全国的にも非常にめずらしく、特に熊野古道、藤代坂(海南市から下津町)を越えて、有田地方に伝わる獅子舞です。伝統的な風習によって氏子青年団へと受け継がれいます。

 

 

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